ドイツかぶれの徒然

英語が嫌いで気づいたらこうなっていた。最近は「君の名は。」ネタばかり書いていてタイトル詐欺

言葉の指し示す範囲のズレ

画像もないダラダラ雑記です。

しばらくやっていたTrainFever Wikiの客貨車リペイントリスト作りが火曜だったかに終わりまして……ちょっと逃避したくなったので40件弱分を缶ビール片手に一気にやった後寝て起きて更新したんですが。

その裏話というにはTFの話題から離れるかなと思って脱線しながらこっちで。

 

リスト作りで翻訳をしていて、全く日本語になっていない概念や単語にぶち当たるということは滅多にないので(Gummiringfeder-antriebとか未だに文系には手に余るんで翻訳できてないけど)、むしろ辞書や翻訳サイトで引っかからない時も日本語でなんというのかということを調べるほうがメインです。とりあえず自分で訳しておいて後から修正することもありますし。

そんな中で、日本語とドイツ語とついでに英語で同じ意味のようで違う意味を持つ、咬み合わない訳語に時々出会うので思いつく範囲で……

 

1.Triebwagen ≠ Multiple-unit ≒ 動力分散方式

Triebwagenを直訳すると動力車になります。なので本来的にはモーターやエンジンなお動力を持っていて、かつ客室ないし荷物室を持つものがTriebwagenです。モハとかキユニとかですね。ちなみに付随車はBeiwagen、制御車はSteuerwagenと言います。そして固定編成の電車はTriebzugと呼んでいるっぽいんですよね。

ところがTF.netでもそうなのですが、他の場面でもTriebwagenという言葉でいわゆる電車や気動車の編成一式や、そこに含まれる付随車や制御車を併せて扱っていることが見受けられるように思います。

一方で英語のMultiple-unitは総括制御、二両以上の動力車を片方から遠隔制御するシステムのことを差すわけで、これだと単行の電車は含まないんでしょうね。こっちのほうが動力分散方式という語には適する気がします。

逆に日本語で単行の電車や気動車を差して動力分散だと主張することのほうが無理があるのかも。

 

2.Wendezug = Pendelzug = Push-pull train ≒ プッシュプル列車

日本の鉄界でも割とペンデルツークという言葉は広まっている気がしますが、実はこれはスイスでの言い方でドイツだとWendezugだったりします。

機関車が後押しして推進運転し、制御客車が先頭に立つのが一般的なスタイルだとは思いますが、スイスだと機関車ではなく電車がついていたりとか、しかも事実上の固定編成だったりとかするのでもうTriebzugとの区別をどこでつけていいのやらという感じ。

さらに両端が機関車というスタイルのものもあります。TGVとかICE 1がこれですが、あまりWendezugと呼ばれている感じではない。固定編成だと定義から外れるのかな? さらに最近は機関車が中間に入って前後とも制御客車なんていう列車もあるのですがこれもWendezugなんですかね?

そして日本語のプッシュプルは、日本での推進運転の例が少ないこともあってか両端が動力車のものだけを指していることがあるよう。片側だけが動力車という時は、まんまペンデルツークと呼んでいる事が多いかもです。

 

3. Abteilwagen = コンパートメント車 ≠ Compartment coach

これはおやっと思ったものですが、英語のCompartment coachは通路がなくて扉が沢山ある、シャーロック・ホームズダウントン・アビーに出てくるスタイルのものだけを指すらしいんです。ホグワーツ急行で使っているようなのは(Side) Corridor coachなんだそうで。でもドイツ語でも日本語でもこの二者は特に区別してませんし(区別する必要があればどちらも「通路付き」的な言い方をします)、日本語は英語由来の単語のくせに英語よりドイツ語の語意に近いという現象が起こっています。

これに関連して困るのはGroßraumwagenのほうです。こっちのほうが日本では当たり前すぎて、区別する語が必要とされていないんですよね。一応、開放客室という言葉を見つけたので使っていますが。

 

この間ゴミ箱に「カン・ビン」しかなかったのでペットボトルはどこに捨てようという場面で、「ドイツ語だったらどっちもFlascheなんだしー」と言ったことがありますが、これは日本語では瓶をガラスという意味を含んで使っているのが悪い。どうにも、同じ言葉を使っていながら言葉の意味が変遷していくというか、下手をすると話し手と聞き手で違う意味に取ったりしているから、日本語ってめんどくさい。

そして往々にして正しい日本語とか主張する人ほど、自分たちの都合の良いように言葉を曲解するのが好きなんですよね。