ドイツかぶれの徒然

英語が嫌いで気づいたらこうなっていた。思い出したように更新するただの生存報告になりつつある

ドイツ南部バート・アイブリングでの列車事故についてまとめ

 

すでに日本のメディアでも報じられている通り、2月9日朝、ドイツ南部ミュンヘンの南東30km、バート・アイプリング近くで列車衝突事故が発生、11人の方がお亡くなりになりました。彼らの安らかな眠りと、彼らの信じる教えによる救済のあらんことを異国の異教徒ながら願うばかりです。
さて、事故から2週間あまりが過ぎ、日本ではすっかり過去のニュースとなってしまった感がある件ですが、鉄道先進国における衝突事故などという事例はドイツびいき鉄ヲタな自分としては気になって仕方ないところ。そろそろ日本でもまとめ記事的な物が出ないかと期待していたのですが、今朝東洋経済に載せられた記事が東と西の区別もつかない体たらくであったことに落胆し、自分で書くことにしました。(普段、ジャーナル誌の連載は興味深く読ませて頂いているだけにどうしてこうなったという思いが強いです)
なお私は大学でドイツ語を勉強した以外は特に何者でもないので、とりあえずツッコミ待ちの状態で書いていくことにします。

1.事故現場と当該列車
ミュンヘンから南へ20kmほどのホルツキルヒェン(Holzkirchen)と、そこから東へさらに20kmほどのローゼンハイム(Rosenheim)を結ぶ通称Mangfalltalbahnが事故の起こった路線です。電化された単線路線で、ミュンヘン郊外の通勤通学路線としての顔がある一方、貨物列車も通過する亜幹線でもあるようです。
ぐぐるまっぷだとこの辺になります。
https://www.google.co.jp/maps/@47.8498043,12.0283998,16z?hl=ja
ところがぐぐるとドイツ政府が喧嘩している影響なのか、駅とかの情報が表示されてくれません。ので、書き加えるとこうなります。

 

 

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関連する駅は三つ、西からバート・アイプリング駅(Bad Aibling Bahnhof(27.8km) 以下アイプリング駅)、バート・アイプリング・クアパーク停留所(Haltepunkt Bad Aibling Kurpark(28.6km) 以下クアパーク停)、コルバーモール駅(Kolbermoor Bahnhof(33.0km))です。クアパーク停は2009年に開業したばかりの駅でした。
事故現場付近にカーブは二つありますが、道がなく救助隊が往来に難儀していたことを思うと東側のカーブです。西側のカーブには浄水場へと続く側道があります。ぐぐるあーすで測るとクアパーク停から1.6kmほど、コルバーモール駅から2.4kmほどの場所ということになりました。公式な距離表示との誤差はあるのですが、どちらにしろクアパーク停のほうが近い場所になります。
現場付近の前面展望動画がようつべにあります。
Führerstandsmitfahrt Holzkirchen-Rosenheim(事故現場は32分50秒)
https://www.youtube.com/watch?v=VsobYN4etCo
Führerstandsmitfahrt Rosenheim-Holzkirchen(事故現場は6分40秒)
https://www.youtube.com/watch?v=5vazpLHPB-w
これを見ながら配線と信号の配置を書いたものがこれになります。今回に直接関係しないと思うものは省いてあります。
 
 

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クアパーク停は棒線駅ですが閉塞信号が東方にあり、アイプリング駅とコルバーモール駅の間に二列車を入れることができるようになっています。もちろんこれは続行列車を入れるためのものであるはずです。
当該区間の時刻表は列車運行会社であるメリディアンのサイトより入手することができます。
http://www.der-meridian.de/uploads/meridian/documents/162/fahrplan-munchen-hbf-holzkirchen-rosenheim-13-12-2015-10-12-2016.pdf
事故を起こした列車の列車番号はこの記事中にあるように、ミュンヘン発(ホルツキルヒェン経由)ローゼンハイム行きメリディアン70505列車、ローゼンハイム発ホルツキルヒェン行きメリディアン70506列車です。
http://www.faz.net/aktuell/gesellschaft/ungluecke/zugunglueck-in-bad-aibling-es-laeuft-alles-auf-den-fahrdienstleiter-hinaus-14062343.html
しかし時刻表は事故後のものであるため、万国共通?の習慣に従い事故を起こした列車の列車番号は変更されています。前後の番号から推定できますが、70505列車は現在79597列車として、70506列車は79596列車として掲載されています。
関係する時刻を抜書きすると、こうなります。
        70505レ | 70506レ
アイプリング駅   6:38| 6:51
クアパーク停    ↓ 6:40| 6:48 ↑
コルバーモール駅  6:44| 6:45
両列車とも、当該区間は各駅停車でした。
 
2.事故の経過
こちらの記事がよくまとまっているので中間部分を訳していきます。
http://www.focus.de/regional/videos/bad-aibling-kolbermoor-holzkirchen-das-zugunglueck-von-bad-aibling-im-zeitstrahl_id_5289713.html
05:00 Uhr: Der Fahrdienstleiter nimmt seinen Dienst im Stellwerk auf
朝5時:運転指令(信号手?)は信号小屋で勤務を開始した。
Mehrere Züge passieren den Streckenabschnitt Heufeld-Bad Aibling – Kolbermoor ohne Komplikationen.
幾つかの列車がホイフェルト―バート・アイプリング―コルバーモール間の線路をもつれなく通過した。
06:10 Uhr: Meridian 79505 startet von Holzkirchen in Richtung Rosenheim.
6時10分:メリディアン79505(以下、505レ)がホルツキルヒェンローゼンハイムに向けて出発した。
06:37 Uhr: Der entgegenkommende Zug 79506 verlässt den Bahnhof Rosenheim und trifft pünktlich um 06:40 Uhr in Kolbermoor ein.
6時37分:接近する列車79506(同じくメリディアン。以下、506レ)がローゼンハイム駅を出発し、6時40分には時間通りにコルバーモールに到着した。
Hier hat dieser einen  fünfminütigen Aufenthalt, um die Kreuzung der Züge abzuwarten auf dem eingleisigen Streckenabschnitt zu ermöglichen.
ここでこれ(506レ)は5分間滞在し、単線区間を通過できるようになるのを待っていた。
Doch der Zug aus Richtung Holzkirchen hat eine etwa vierminütige Verspätung.
だが、ホルツキルヒェンから来る方向の列車(505レ)は約4分遅れていた。
06:45 Uhr: Nach einem Sondersignal des Fahrdienstleiters verlässt der Zug den Bahnhof Kolbermoor. Er erlaubte so einem der Züge die Weiterfahrt, obwohl eigentlich das Signal für diesen Zug auf Rot gestanden hätte.
6時45分:運転指令の特別信号(後述)の後、列車(506レ)はコルバーモールを出発した。彼(運転指令)は列車(複数)に進行の許可をだした、本当はこの列車(506レ)に対する信号は赤の状態であったにもかかわらず。
Der Fahrdienstleiter erkennt seinen Fehler und sendet ein Notsignal an die beiden Triebfahrzeugführer – diese bleiben aus bisher ungeklärten Ursachen wirkungslos.
運転指令は自身の過ちを知り非常信号を両方の運転士へ送った――不明な理由によりこれは功を奏さなかった。
06:47 Uhr: Die beiden Züge kollidieren bei Streckenkilometer 30,3 zwischen Bahnhof Kolbermoor und der Haltestelle Bad Aibling Kurpark. An der Unfallstelle beträgt die zulässige Geschwindigkeit 100 km/h.
6時47分:両列車はコルバーモール駅とバート・アイプリング・クアパーク停留所の間30.3キロ地点において衝突した。事故現場の制限速度は100km/hだった。
 
特別な信号というのは日本でもそのまま報じられ、どう特別なのか記者も理解しないまま流していた感があります。ちゃんと調べれば現地メディアではこれが"Zs1"という信号であったことが報じられています。
http://www.neues-deutschland.de/artikel/1002013.bad-aibling-war-fahrdienstleister-an-zugunfall-schuld.html
またこちらの記事でも「三つの白色灯火による点で示される信号」といった書き方で同じことが書いてあります。
http://www.faz.net/aktuell/gesellschaft/ungluecke/fahrdienstleiter-verantwortlich-fuer-zugunglueck-in-bad-aibling-14073284.html
これはErsatzsignalの一種です。
https://de.wikipedia.org/wiki/Ersatzsignal
信号が赤であっても、Zs1が表示されていれば列車は進行することができます。通常信号機故障や、本線上で停止した列車を救援する際などに使われる手信号代用機と同じ役割のものと思われます。
間違っても列車が遅れそうだからといって通過させるために表示するものではありません。
 
3.疑問点
Focus.deの記事には506レのタイムラインについては詳細に書いてありますが、505レのほうの動きは詳しく書いていません。そこでとりあえず4分遅れというのが正しいとして(記事によっては3~4分遅れという記述もあります)、505レの動きを追ってみるとこうなります。
6時42分:アイプリング駅を出発
6時44分:クアパーク停を出発
6時47分:衝突
どうでしょうか。こうみると、個人的には二つ疑問が浮かびます。
一つはアイプリング駅で勤務していた運転指令が、目の前で列車が出発していった線路にその3分後、対向列車を入線させている点。506レから対向列車が来ないという連絡を受けて信号機故障と思い込みZs1を表示させるのにそれほど時間がかからなかったとしても、すこし異常ではないでしょうか。
もう一つは事故現場がクアパーク停寄りであることから、505レがクアパーク停を出発するのは、コルバーモール駅から506レが出発した後ではないとおかしい点です。クアパーク停でさらに遅れが拡大したのか、あるいはただでさえ遅れていた505レが徐行運転をする何らかの未知の事情があったのかもしれませんが。
普通、赤信号を冒進したにせよ手信号代用機で進行したにせよ、506レがコルバーモール駅を出た時点で軌道回路が作動しクアパーク停東方の閉塞信号を停止現示にするはずです。そうでなければ、列車が駅をオーバーランしただけで正面衝突事故が起こりますからね。この昔ながらのシステムに何か穴があったか、あるいは505レも信号を無視したという可能性も浮上するわけです。
運転指令が訴追される見込みとなりこれで一件落着感が漂っているこの事故ですが、運転指令のミスが直接の引き金となったにせよヒューマンエラーをカバーするはずの機械が期待された働きをしなかったことや、上下分離方式によって信号手と運転士が違う組織に属しているということの風通しの悪さや定時運行へのプレッシャーといった人的問題がなかったかなど、もっと深く追究されていくべき事故だと思います。
遠い異国のことと片付けがちですが、日本だろうとヨーロッパだろうと鉄道システムの基本は同じ、民営化後コスト削減と安全の狭間で苦悩している事情も同じです。日本では去年JR九州JR四国で正面衝突一歩手前のインシデントが起こりました。前者は低速でのこともあり運転士の注意で避けられ、後者は安全側線という100年の実績あるシステムが(正直、21世紀になってまであんなものが役に立つなんて信じてませんでした)効果を発揮して事故を防ぎました。
真面目な鉄道員と確実に動作する機械、その両方があって鉄道の信頼性は保たれているのに、日本でも欧州でもどちらも年々崩れつつあると感じる今日このごろです。
 
P.S. 当記事はYahooブログに別名義で投稿したものの再掲です。別名義なのでリンクは貼りませんが、同じ内容のものがどこかにあったとしてもどちらがパクリとかそういうわけではないのであしからず
4分遅れを加味した時間を間違えていたので修正、それにしたがって内容も修正しました。論点は変わっていません。また翻訳を一部修正